九州大学
九州大学(きゅうしゅうだいがく、Kyushu University)は、九州帝国大学を直接の母体とする九州大学と九州芸術工科大学とが統合してできた国立大学。開学以来、西南日本地域における研究教育の中心としての役割を担ってきた。九州六大学野球連盟加盟校。
慶応3年(1867年)に設立された賛生館を最も古い起源としている。略称は九大(きゅうだい)。
目次 [非表示]
1 沿革
2 キャンパス
2.1 現在のキャンパス
3 現在の組織
3.1 大学院の形態と大学教育
3.2 学部
3.3 学府/研究院
3.4 附置研究所
3.5 全国共同教育研究施設
3.6 学内共同教育研究施設
4 移転計画
4.1 元岡地区移転計画の概要
4.2 移転の理由
4.3 計画の内容
4.4 利害
4.5 交通網の整備
4.6 内部学生の反応
4.7 現況
5 交通
6 いも九
7 出身著名人
7.1 官界
8 外部リンク
沿革
帝国大学令公布以来、九州に帝国大学を設置する機運が高まり、明治33年(1900年)1月29日に第14回帝国議会において「九州東北帝国大学設置建議案」が可決された。建議案の可決後、ひとまず京都帝大福岡医科大学が設置されたものの資金難により進まなかった九州帝大の設置を促したのは足尾鉱毒事件で有名な古河財閥からの「福岡工科大学、仙台理科大学、札幌農科大学」の建物建設ための寄付の申し出であった(1906年)。古河家の寄付金約100万円のうち6割ほどが九州帝大工科大学校舎建設の資金として当てられ、福岡県の寄付金とあわせて九州帝大の設立となったのである。なお、古川家の寄付のうち残りの4割は札幌農学校の東北帝大農科大学昇格(1907年)と東北帝大理科大学新設(1910年)のために用いられている。
1903年(明治36年)京都帝国大学の一分科大学として福岡医科大学が設置された(九州帝国大学でないのは当時の法令上、単科の帝国大学は認められなかったため)。これが九州大学の母体となる。
1910年(明治43年)12月、勅令第448号をもって九州帝国大学が設立。同時に九州帝国大学工科大学官制が公布され、翌年(1911年)1月施行された。同年3月31日、九州帝国大学官制の公布により工科大学官制が廃止され、京都帝国大学福岡医科大学が九州帝国大学医科大学となり、ここに医科大学と工科大学を擁する九州帝国大学が成立する。明くる4月1日、官制が施行され、総長に元東京帝国大学総長山川健次郎理学博士が迎えられた。
1919年(大正8年)2月帝国大学令が改正され、各分科大学は医学部、工学部になり農学部が設置された。
1924年(大正14年)法文学部が設置され、二名の女子学生を受け入れる。
1939年(昭和14年)に理学部が設置された。
1947年(昭和22年)帝国大学令が国立総合大学令に改められ、九州大学と改称。
1949年(昭和24年)法文学部が文学部、法学部、経済学部に改組された。同年、文学部から教育学部が分離、福岡高等学校、久留米工業専門学校、旧制九州大学を統合し、新制九州大学に移行した。教養部が設置され旧福高は第一分校、旧久留米工専は第二分校となり、さらに旧陸軍歩兵第四十八連隊兵舎跡に第三分校が置かれた。
1953年(昭和28年)新制の大学院が設置される。
1964年(昭和39年)薬学部が設置される。
1967年(昭和42年)歯学部が設置される。
1968年(昭和43年)芸術工学部の前身である九州芸術工科大学が開学。6月2日22時45分頃、米軍板付基地所属のF-4(ファントム)ジェット戦闘機が大型計算機施設の建物に墜落。以後、学生運動が活発化する。
1994年(平成6年)教養部廃止。
1997年(平成9年)医学系研究科および工学研究科から大学院重点化開始(2000年に全学重点化完了)。
2000年(平成12年)学府・研究院制度を導入し大学院の全研究科を研究院と学府に改組した。また、新しい学部教育の試みとして「21世紀プログラム」が開始された。
2003年(平成15年)10月、九州芸術工科大学と統合し、芸術工学研究院・芸術工学府・芸術工学部が設置される。
2004年(平成16年)国立大学法人法の規定により国立大学法人となる。九州芸術工科大学廃止。法務学府(法科大学院)開設。
2005年(平成17年) 10月1日より伊都キャンパス開設。
キャンパス
九州大学には5つの地区(キャンパス)がある。福岡市東区(箱崎地区、馬出地区)、南区(大橋地区)、中央区(六本松地区)、春日市・大野城市(筑紫地区)と福岡都市圏の各地に分散している。
現在のキャンパス
六本松地区
旧制福岡高等学校の跡地。旧制福岡高校の施設と教員は九州大学に引き継がれ九州大学教養部第一分校となった。その後、教養部は解体されたが現在でも一般教養教育(現在は、全学教育科目と呼ばれる)の大部分はこの地区で行われている。その多くを担当する教員が所属している言語文化研究院、比較社会文化研究院は教養部に由来するものである。医学部、歯学部の学生は初年度の一年間、その他の学部生は一年半、六本松キャンパスに通う。六本松時代には、将来の専攻に関連する講義を受けるために、箱崎(馬出・大橋・元岡)キャンパスに行く曜日があり、それを「箱崎日(箱日)」、「馬出日(馬日)」、「大橋日」、「元岡日」などと呼ぶこともある。また、単位履修の関係で1日に六本松と箱崎両方のキャンパスに行く日などがあり、それを「箱松日」などと呼んだりする。なお田島寮はこの地区にあり初年度の学生の便宜を図っている。
病院地区(馬出地区)
堅粕地区とも。京都帝国大学福岡医科大学の母体となった福岡県立病院の故地である。医学研究院・医学系学府・医学部医学科・医学部保健学科、歯学研究院・歯学府・歯学部、薬学研究院・薬学府・薬学部があるキャンパスで最も歴史が古い。2005年からの予定になっている九大移転では移転しない。これは、おもに医学研究院が強く反対したためである。類似の話は広島大学の移転時にもあった。
箱崎地区
九州大学のほとんどの学部・大学院が存在する。理系キャンパスと文系キャンパスに分かれている。福岡空港に着陸する直前の飛行機が真上を通過する。理系キャンパスには大学本部や旧法文学部棟など倉田謙の手になる大正時代に建てられた古い建物がいくつか残っている。九大の赤本の表紙にある建物は工学部本館で、やはり倉田の設計で昭和5年に竣工された。なおこの地区の学生寮としては男子寮の松原寮、女子寮の貝塚寮がある。
筑紫地区
総合理工学研究院・学府があるキャンパス。健康科学センターやシステム情報科学研究院・学府などもあり、教育の場としてよりは研究機関としての色合いが濃い。かつて春日への九大の全面移転が計画されていたが地元の反対により断念し、現在の形で九大が使用することになった。都市近郊にもかかわらず、雪深い日もある。
大橋地区
福岡県立筑紫丘高等学校の用地・建物を転用した旧福岡学芸大学(現福岡教育大学)福岡分校の跡地。現芸術工学研究院・学府・学部(旧九州芸術工科大学)があるキャンパス。芸術工学を学ぶ場所であり、その建築物のデザインには目を見張るものがある。学生寄宿舎として井尻寮が設置されている(大橋、筑紫地区男子学生を対象)。
伊都地区(元岡地区)
キャンパス移転計画に伴い、2005年10月1日から開校した新キャンパス。詳細は下記の「移転計画」を参照。
別府地区
大分県別府市にある。生体防御医学研究所の一部と附属病院がある。
※研究院の所在地には、その研究院に関連の深い学府・学部があることがほとんどである
現在の組織
九州大学は17学府、16研究院、11学部を持つ総合大学である。平成15年10月からは九州芸術工科大学と統合し、さらに幅広い学問領域を包含する大学となった。
大学院の形態と大学教育
九州大学では大学院の全学重点化の完了とともに、「学府・研究院」制度を導入した。これは、研究機関としての大学院組織を「研究院」、教育機関としての大学院組織を「学府」という別の組織にする事により、「研究上のニーズ」と「教育上のニーズ」という2つのベクトルの異なるニーズに対応して柔軟に組織を編成できる制度である。研究院には教員が、学府には大学院生が、学部には学部生が所属し、教員が学府や学部に出向する形で教育を行う。なお、基本的に研究院長が学府長・学部長を兼務する。同様の制度は東京大学、京都大学、東北大学、横浜国立大学等でも部分的な導入がなされているが、全学的な導入がなされているのは九州大学だけである。
学部
九州大学の学部は11学部ある。 入学試験は、理系と文系で問題が異なる(英語と数学の一部問題は共通)。
文学部 - 人文学科
教育学部
法学部
経済学部 - 経済・経営学科 - 経済工学科
理学部 - 物理学科 - 化学科 - 地球惑星科学科 - 数学科 - 生物学科
医学部 - 医学科 - 保健学科
歯学部
薬学部
工学部 - 建築学科 - 電気情報工学科 - 物質科学工学科 - 地球環境工学科 - エネルギー科学科 - 機械航空工学科
芸術工学部 - 環境設計学科 - 工業設計学科 - 画像設計学科 - 音響設計学科 - 芸術情報設計学科
農学部
学府/研究院
九州大学の大学院は学府17組織、研究院16組織で構成されている。専門職大学院課程として法務学府実務法学専攻(法科大学院)、医学系学府医療経営・管理学専攻(ビジネススクール)、経済学府産業マネジメント専攻(ビジネススクール)、人間環境学府実践臨床心理学専攻が設置されている。
研究院(大学院研究部に相当) 学府(大学院教育部に相当)
人文科学研究院
比較社会文化研究院
人間環境学研究院
法学研究院
経済学研究院
言語文化研究院
理学研究院
数理学研究院
医学研究院
歯学研究院
薬学研究院
工学研究院
芸術工学研究院
システム情報科学研究院
総合理工学研究院
農学研究院
人文科学府
比較社会文化学府
人間環境学府
法学府
法務学府
経済学府
理学府
数理学府
医学系学府
歯学府
薬学府
工学府
芸術工学府
システム情報科学府
総合理工学府
生物資源環境科学府
システム生命科学府
附置研究所
生体防御医学研究所
応用力学研究所
先導物質化学研究所
全国共同教育研究施設
情報基盤センター
学内共同教育研究施設
生物環境調節センター
熱帯農学研究センター
アイソトープ総合センター
中央分析センター
留学生センター
産学連携センター
総合研究博物館
システムLSI研究センター
宙空環境研究センター
韓国研究センター
医療系統合教育研究センター
高等教育総合開発研究センター
超伝導システム科学研究センター
感性融合創造センター
移転計画
九州大学はキャンパスの狭隘さ・老朽化に加え、箱崎キャンパスは福岡空港に近いために航空機が発する騒音公害にさらされており、移転が計画されてきた。1970年代には筑紫キャンパス(春日市、大野城市)への全面移転が計画されたが、実現しなかった。その後新たに計画が策定され、平成17年度後期から10年間をかけて、箱崎、六本松キャンパスの設備・組織を福岡市西区の元岡地区(伊都キャンパス)に移動することが決定した。
元岡地区移転計画の概要
福岡市西区、前原市、志摩町にまたがる新キャンパス(伊都キャンパス)に九州大学を移転する計画。2005年10月から3回にわけて移転し、最終的な移転完了は2019年を予定している。病院が現在より不便な土地に移ることは利用者にとってマイナスであるという観点から、九大病院および医学部・薬学部は移転しない。
新キャンパス用地からは多数の古墳が発見され、その取扱いも問題視されている。工事計画は環境共生を謳うものの、計画そのものが環境破壊だという声もある。
移転の理由
大学側としては、移転の理由として、次のような内容を挙げている。
キャンパスが六本松・箱崎に分離していることから、全学教育と専攻教育・大学院教育のスムーズな連携や共同研究の実施等に障害が生じている。
施設の老朽化や狭隘化により、教育研究面の高度化や多様化への適応が困難である。
緑地の不足などキャンパスとしてバランスを欠く。
箱崎キャンパスは福岡空港の延長進入区域であることから、航空機騒音により教育研究に著しい支障を来している。キャンパス内への航空機墜落事故再発が懸念される。
箱崎キャンパスで、高層化・集約化した施設を再開発整備することは、航空法上の高さ制限など様々な要因からきわめて困難である。
計画の内容
まず平成17年度~19年度を第1ステージとし、工学系キャンパスを移転させる。あわせて理系図書館と食堂・寄宿舎の整備も行われる。続いて平成20~23年度は第2ステージとし、残りの用地取得と整備を行う。その次の平成24年度~31年度を第3ステージとし、平成31年度(2019年4月~2020年3月)までに順次建物を移転する予定となっている。
利害
利点としては上記「移転の理由」で示した問題点が解消されることが挙げられる。特に学生にとってはキャンパスが統合されるというのが最大のメリットであろう。前述のように、現在は学生は日によって別々のキャンパスに通う必要があるばかりでなく、場合によっては1日のうちにキャンパス同士を移動して授業を受けなければならないが、完全にキャンパス統合が完了すればこのような非効率性が解消されることになる。もちろん航空機の騒音がなく、快適な環境での研究ができるというメリットもある。
一方、市街地から遠く離れ、周囲にあまり人家がない地域に新キャンパスを建設したことで「交通が不便」「人の繋がりを研究する文系などには致命的だ」との批判もある。しかし元岡地区と福岡市中心部との距離は20km 程度で、バス路線が設けられる最寄駅(JR筑肥線九大学研都市駅)とは 4km 程度であるので、もし不便を都市中心部とのアクセスと受け取るならば、筑波大学・岐阜大学・金沢大学・広島大学の移転時ほどの不便さはない、とプラスに解釈することもできる。だがバス・鉄道を含む公共交通機関の貧弱さは否めず、研究室在室の学生のみならず教授らの批判も多い。これは実験・研究などで夜が遅くなる事が多い理系であるにもかかわらず、夜間の交通手段がほとんど整備されていないためである(天神行バス最終便:21時発[平日]・18時発[土日]、学研都市駅行バス最終便:23時発[平日]・19時発[土日])。また自動車・バイクでの通学者の増加による騒音や排気ガス、交通事故の増加も懸念されている。
移転のメリットが表れるのは全面移転が完了した後であり、移転の最中においてはかえって不便が生じてしまう。この移転中に学生時代を過ごす学生たちの立場においては悪評もやむを得ない。
病院地区(医系)・筑紫地区(総合理工学府)・大橋地区(芸術工学部)の移転計画は無く、各地区での教育が続く事になる。
交通網の整備
交通網としては、新キャンパス開校を前にして2005年9月23日に筑肥線今宿駅~周船寺駅間に九大学研都市駅が開設された。ただし同駅からキャンパスまでは遠く離れているので、同駅とキャンパスの間には昭和自動車が路線バスを運行している。それとは別に2005年9月20日から西日本鉄道が福岡市都心部の博多駅・天神とキャンパスを結ぶ急行バスの運行を開始した。また2005年12月10日から福岡市営地下鉄各駅~昭和バス九大工学部前バス停間の回数券が発売された(500円×10枚つづり、有効3ヶ月)。利用者が多いと思われる区間の運賃を以下に示す。
[地下・JR]:箱崎九大前駅~九大学研都市駅間:片道540円
[昭和バス]:九大学研都市駅~伊都キャンパス間:片道192円(回数券利用)、330円(通常)
[西鉄バス]:天神~伊都キャンパス間:片道600円
[西鉄バス]:博多駅~伊都キャンパス間:片道650円
また九大学研都市駅とキャンパスを結ぶ道路の改良も行われており、将来的にはキャンパスを核とした周辺地域の開発が期待されている。
内部学生の反応
多くの学生は移転をあまり快く受け入れていないようである。現在の箱崎、六本松キャンパスとも、福岡の中心街である天神に近く交通の便もいい。現在の学生にとっては元岡への移転にメリットを見いだしにくいのが現状である。また移転に伴う引越しの負担も大きい。大型の機械や膨大な量の蔵書を移動させなければならないということもあり、わざわざそれだけの労力を払ってまで不便な土地に移転することに不満を抱えている教授・学生も多い。この傾向は研究において広い場所や最新鋭設備などの整った環境を必ずしも必要としない文系学生、そして各種設備が整わないまま第一期に移転が行われる工学部学生において顕著である。また学生自らの引っ越しに伴う金銭的負担や、キャンパスの分散化による交通費増加の不満も大きい。例を挙げると、箱崎~伊都間の往復の場合1往復につき1000円以上が必要となる(ただし、西鉄バスのエコルカード(定期券)利用の場合を除く)。また部活動・サークル活動が可能な場所が皆無である事も不満の原因となっている。
現況
2005年10月1日よりまず工学部機械航空工学科・物質科学工学科とその関連大学院を対象に開講した。しかし完成していない部分も多く、同学科が利用する棟においても室内工事等は同日以降も続けられている。図書館・簡易食堂・自販機・売店・ATM等が利用可能である。学生寮は2006年秋から利用可能となる予定である。開校して間もないがゆえに今のところは学生街が未形成のため、学生の受け入れ先となり得る不動産物件が不足していたり、周辺にコンビニエンスストアやスーパーマーケットなどの店舗が少ないなどの問題もある。
2005年12月7日、水素ステーションの試運転中に酸素パイプ破裂事故が起こった。
交通
箱崎地区
最寄り鉄道駅:福岡市地下鉄箱崎線 箱崎九大前駅・西日本鉄道宮地岳線 貝塚駅
最寄りバス停:西鉄バス九大前、箱崎松原、九大北門各バス停
病院地区
最寄り鉄道駅:福岡市地下鉄箱崎線 馬出九大病院前駅
最寄りバス停:西鉄バス県庁九大病院前、九大病院各バス停
六本松地区
最寄り鉄道駅:福岡市地下鉄七隈線 六本松駅
最寄りバス停:西鉄バス六本松バス停
筑紫地区
最寄り鉄道駅:JR九州鹿児島本線 大野城駅
大橋地区
最寄り鉄道駅:西日本鉄道天神大牟田線 大橋駅
最寄りバス停:西鉄バス塩原4丁目バス停
元岡地区
最寄り鉄道駅:JR九州筑肥線 九大学研都市駅(ただし同駅からバスに乗り換え)
最寄りバス停:西鉄バス・昭和バス九大ビッグオレンジ前、九大工学部前各バス停
いも九
九州大学の学生を福岡ではいも九(いもきゅう)と呼ぶことがある。垢抜けない(=イモな)九大生という意味である。この呼び名を地元福岡の菓子製造「五十二萬石如水庵」の社長であり九大出身者でもある森恍次郎が面白がって、生協と協力して芋餡のパイ菓子を九州大学応援菓「いも九」として売り出している。この菓子の売り上げの1%は、「九州大学学術研究・教育奨励助成金」として九大生の課外活動の費用に寄付されている。
出身著名人
和才博美 - NTTコミュニケーションズ社長
清水晃 - 西日本新聞社会長・元社長
衛藤博啓 - みずほ信託銀行社長
赤木誠 - 毎日放送アナウンサー
鮎川誠 - ミュージシャン(シーナ&ロケッツ)
池田弘一 - アサヒビール社長
麻生太賀吉 - 元麻生グループ代表、九大理学部設立のために多額の寄付、元法文学部聴講生
井上治典 - 民事訴訟法学者、神戸大学・九州大学教授を経て、立教大学法科大学院教授、弁護士
井上靖 - 小説家
浦口直樹 - TBSアナウンサー
大西巨人 - 作家、評論家
岡部正彦 - 日本通運会長
片山恭一 - 作家 『世界の中心で、愛をさけぶ』
五條堀孝 - 国立遺伝学研究所教授
重渕雅敏 - TOTO会長
島尾敏雄 - 作家
自見庄三郎 - 前衆議院議員、元郵政大臣
庄野潤三 - 作家、芥川賞受賞
高山梨香 - テレビ西日本(TNC)アナウンサー
藤堂省 - 医学者、北海道大学教授
鳥飼一俊 - 熊谷組社長
鳥飼否宇 - 作家
中尾英樹 - 大広社長
中川一郎 - 政治家、元農林水産大臣
中村正三郎 - プログラマ、九州大学・慶應義塾大学非常勤講師、元(株)管理工学研究所勤務
波平恵美子 - 文化人類学、お茶の水女子大学教授
仁木恒夫 - 大阪大学大学院法学研究科助教授、民事訴訟法
西村英俊 - 双日CEO
箱島信一 - 朝日新聞社長、日本新聞協会会長
原尞 - 作家、直木賞受賞
広田良吾 - 数学者、物理学者、工学者、早稲田大学名誉教授
福井康太 - 大阪大学大学院法学研究科助教授、法社会学
松形祐堯 - 前宮崎県知事
三隅二不二 - 心理学者、九州大学・大阪大学教授
妹尾泰利 - 機械工学、学士院賞、九大名誉教授、工卒
安永航一郎 - 漫画家
若田光一 - 宇宙飛行士
森肇 - 物理学者
川崎恭治 - 物理学者
官界
古川貞二郎 - 元内閣官房副長官、元厚生省事務次官、法卒
水田努 - 福利厚生センター理事長、元厚生省年金局長、同元援護局長、法卒
穴山徳夫 - 福祉機器開発センター理事長、元厚生省児童家庭局長、法卒
藤井龍子 - 元労働省女性局長、内閣府情報公開審査会委員
高石邦男 - 元文部省事務次官
前畑安宏 - 元放送大学学園監事、元文部省生涯学習局長、同元高等教育局長、同元体育局長、法卒
福田昭昌 - 日本国際教育協会理事長、元文部省生涯学習局長、法卒
木下昌浩 - 逓信協会理事長、元郵政省官房長、同元放送行政局長、法卒
山田馨司 - 能率増進研究開発センター理事長、元青少年国際交流推進センター理事長、元総務庁事務次官、文卒
大塚順七 - 元人事院事務総局任用局長、法卒
長崎弘 - 海外日系人協会副会長、元駐ドミニカ兼コロンビア兼ペルー大使、法卒
高良民夫 - 元駐コロンビア大使、法卒
片岡勒 - 元総務庁統計基準部長、熊本県立大教授、法卒
荒巻禎一 - 元京都府知事、元自治省職員、法卒
寺井久美 - 元日本水路協会会長、元海上保安庁長官、元運輸省航空局長、法卒
知野虎雄 - 元会計検査院長、元衆議院事務総長、法卒
進淳 - 元科学技術庁官房長、経卒
原山義史 - 元日本銀行政策委員、元中小企業庁計画部長、経卒


